教会では毎週日曜日午前10時30分から礼拝をしています。
どなたでもご自由にお越しください

4月19日(日)午前10時半
 説教 「天の国とは」
  森田泰司牧師
聖書 旧約:イザヤ書 45章2節~7節
   新約:マタイによる福音書 13章44節~52節

 イエスさまは天の国を「畑に隠された宝」や「高価な真珠」にたとえられました。畑はこの世を表しています。畑の中に隠された宝とは、すべてを交換してでも価値がある、神さまの恵みです。それは、イエスさまの十字架の恵みです。イエスさまが、十字架によって罪を贖い、復活により救いを完成してくださいました。そのことで、私たちは罪の赦しと永遠の命を受けることができるようになりました。聖書を単なる歴史書や倫理の本として読むだけでは、この宝を見つけることはできません。信仰の目によって読むことで、初めてその価値が分かるようになります。

 また、高価な真珠を求める商人のたとえは、本当に良いものを知ることの大切さを教えています。良い品を見分ける商人が、まず本物だけを見てその価値を身につけるように、私たちは聖書の言葉を、しっかりと学ばなければなりません。悪を見分けようとして悪に近づくと、かえって引き込まれてしまう危険があります。聖書に記された神の真理を学び続けることで、この世の偽りを見抜く力が与えられます。

 さらにイエスさまは、天の国を地引き網のたとえとして、説明されました。網には良い魚も悪い魚も共に集められますが、最後には選り分けられます。これは、この世では義なる人も不義の人も共に生きているが、終わりの日には神さまが正しく裁かれることを示しています。人間が他人を裁くのではなく、「人を裁くな」と教えられるように、最終的な裁きは神さまだけのものです。私たちは善悪を完全には見抜けないからこそ、自分が良いものを求めて歩むことに集中しなければなりません。

 弟子たちはイエスさまのたとえを「分かりました」と答えましたが、本当に分かるとは、ただ理解することではなく、すべてを捨てて主に従うことです。主の十字架の出来事の時、弟子たちはその意味を十分に理解していませんでした。しかし、復活後に聖霊を受けて初めて十字架の意味がわかったのです。私たちもまた、聖書の中に隠された宝を見つけて、神の国を第一に求める決断が求められています。世の終わりの日に良いものとして集められるためには、信仰の歩みを新たにし、主に従う決心を固くすることが大切です。

 そのことを今日は、聖書から聴いてまいりたいと思います。

2026年4月12日(日)

説教 「見ないで信じる者」
説教者 森田泰司牧師
聖 書 旧約:イザヤ書 12章4節~6節
    新約:ヨハネによる福音書 20章19節~29節